預貯金の仮払い制度|凍結された口座から葬儀費用を出す方法
残高の3分の1に自分の相続分をかけた額、1つの金融機関につき150万円まで引き出せます
金融機関が死亡を把握すると、故人名義の口座は凍結されます。遺産分割が終わるまで、原則として引き出せません。
しかし、葬儀費用の支払いは待ってくれません。
そこで使えるのが、預貯金の仮払い制度です。各相続人が単独で、一定額まで払戻しを受けられます。
引き出せる金額は「残高 × 3分の1 × 自分の法定相続分」。ただし、1つの金融機関につき150万円が上限です。
葬儀費用や当面の生活費をまかなうことを想定した制度です。使い方と注意点をお伝えします。
なぜこの制度ができたのか
かつては、預貯金は相続開始と同時に法定相続分に応じて当然に分割されると考えられていました。各相続人が、自分の相続分だけ払戻しを請求できたのです。
しかし最高裁は、平成28年12月19日大法廷決定でこの考え方を変更しました。預貯金債権は遺産分割の対象になると判断したのです。
その結果、遺産分割が終わるまで預貯金を動かせなくなりました。葬儀費用や入院費の精算に困る事態が生じます。
これを受けて、2018年(平成30年)の相続法改正で新設されたのが、この制度です。施行は2019年7月1日でした。
施行日前に開始した相続についても、施行日以後の払戻しには適用されます。古い相続でも使えます。
引き出せる金額の計算
計算式は、次のとおりです。
相続開始時の残高 × 3分の1 × 自分の法定相続分
そして、1つの金融機関につき150万円が上限です。
この150万円という額は、法務省令で定められています。「標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して」定めるとされている数字です。
「金融機関ごと」という点が大切です。
| 状況 | 引き出せる額 |
|---|---|
| 同じ銀行に複数の口座がある | 合算して150万円まで |
| A銀行とB銀行に口座がある | それぞれ150万円まで |
具体例で見てみましょう。相続人が配偶者と子2人。A銀行の普通預金に900万円がある場合です。
| 相続人 | 法定相続分 | 計算 | 引き出せる額 |
|---|---|---|---|
| 配偶者 | 2分の1 | 900万 ÷ 3 × 1/2 = 150万 | 150万円 |
| 子(1人目) | 4分の1 | 900万 ÷ 3 × 1/4 = 75万 | 75万円 |
| 子(2人目) | 4分の1 | 900万 ÷ 3 × 1/4 = 75万 | 75万円 |
配偶者は上限と一致するため、150万円まで受けられます。
根拠となる条文 — 民法909条の2
各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち、相続開始の時の債権額の3分の1に民法900条および901条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする)については、単独でその権利を行使することができます(民法909条の2前段)。
この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなされます(同条後段)。
法務省令で定める額は、150万円です(平成30年法務省令第29号)。
手続きと必要書類
窓口は、預金のある金融機関です。
家庭裁判所の関与は不要で、他の相続人の同意も要りません。ここがこの制度の使いやすいところです。
必要書類は金融機関によって違いますが、おおむね次のものが求められます。
戸籍をさかのぼって集めるには時間がかかります。本籍を何度も移していると、複数の役所に請求することになります。
そこで役立つのが、法務局の法定相続情報証明制度です。
一度戸籍一式を提出して法定相続情報一覧図の写しの交付を受ければ、以後はその写しで手続きを進められます。作成は無料で、何通でも交付を受けられます。
複数の金融機関を回る場合は、これを使うと負担がかなり軽くなります。
手続きにかかる期間は金融機関によりますが、書類がそろってから数日から2週間程度を見込んでおいてください。
150万円で足りないとき
上限を超える金額が必要な場合、家庭裁判所を使う方法があります。預貯金債権の仮分割の仮処分です。
条件は次のとおりです。
- 遺産分割の調停または審判の申立てをしていること
- 債務の弁済や生活費の支弁その他の事情により、預貯金債権を行使する必要があると認められること
- 他の共同相続人の利益を害しないこと
ただし、遺産分割の申立てが必要で、手続きにも時間がかかります。
急ぎの葬儀費用に間に合わせる手段としては、現実的でないことが多いものです。実務では、まず民法909条の2による仮払いを検討します。
根拠となる条文 — 仮分割の仮処分
家庭裁判所は、遺産の分割の審判または調停の申立てがあった場合において、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を当該申立てをした者または相手方が行使する必要があると認めるときは、その申立てにより、遺産に属する特定の預貯金債権の全部または一部をその者に仮に取得させることができます(家事事件手続法200条3項)。
ただし、他の共同相続人の利益を害するときは、この限りではありません。
使う前に確認しておきたいこと
第一に、相続放棄を考えているなら使わないでください
仮払い制度で引き出した預貯金は、遺産の一部分割により取得したものとみなされます。
そのため、相続財産の処分と評価され、相続放棄ができなくなるおそれがあります。
少しでも債務超過の可能性があるなら、引き出す前に弁護士に相談してください。引き出してしまってからでは戻せません。
第二に、遺言書がある場合
遺言で預貯金の帰属が定められているときは、仮払いを受けた分と遺言の内容が食い違い、後から精算が必要になることがあります。
自宅や貸金庫を探してください。法務局の自筆証書遺言書保管制度の利用がないかも、あわせて確認しておくと安心です。
なお、公正証書遺言以外の遺言書を見つけたら、開封しないでください。家庭裁判所の検認が必要です。
第三に、使途を記録しておくこと
引き出したお金を何に使ったか。記録を残してください。
葬儀費用に充てたのであれば、見積書と領収書を保管します。
相続税の申告では、葬式費用の一部が相続財産から差し引けます。火葬・搬送・通夜の費用やお布施は対象ですが、香典返しや法要の費用は対象外です。
総額だけの領収書では、この区別ができません。明細付きのものをもらってください。
先に確認すべきお金
仮払いの前に、確認しておきたいものがあります。故人の預金に手をつけずに使えるお金です。
| 種類 | 内容 | 時期 |
|---|---|---|
| 香典 | 喪主に渡された贈り物 | 葬儀の当日 |
| 葬祭費 | 国民健康保険・後期高齢者医療。東京23区は7万円 | 申請から1か月前後 |
| 埋葬料 | 健康保険。5万円 | 同上 |
| 生命保険の死亡保険金 | 受取人固有の財産 | 請求から数営業日〜数週間 |
生命保険の死亡保険金は、受取人が指定されていれば遺産分割を待たずに請求できます。相続放棄をしても受け取れると解されています。
保険証券を探してみてください。これで足りるなら、仮払いを使わずに済むかもしれません。
口座はいつ凍結されるのか
「役所に死亡届を出すと、自動的に口座が凍結される」と考えている方が多いのですが、そうではありません。
金融機関が死亡を知った時点で凍結されます。役所から金融機関へ連絡が行くわけではありません。
金融機関が死亡を知る経路は、主に次のとおりです。
- 相続人からの届出
- 新聞のお悔やみ欄
- 葬儀の看板や案内
- 金融機関の職員が知った場合
つまり、届け出なければしばらく動かせる状態が続くことがあります。
ただし、届け出ずに引き出すのは避けてください。理由は3つあります。
- 相続財産の処分と評価され、相続放棄ができなくなるおそれがある
- 他の相続人との間で、後から問題になる
- 引き出した金額と使途を説明できないと、遺産分割で不利になる
「葬儀費用に使うだけだから」と考えても、記録がなければ後で説明できません。
どうしても急ぐ場合は、引き出す前に他の相続人へ連絡し、金額と使途を伝えておいてください。メールで残しておけば、後の説明になります。
遺産分割までの流れ
仮払いは、あくまで応急の措置です。最終的には遺産分割で精算します。
大まかな流れは次のとおりです。
- 相続人を確定させる(戸籍を集める)
- 相続財産を調査する(預貯金、不動産、負債)
- 遺言書の有無を確認する
- 遺産分割協議を行う
- 遺産分割協議書を作成する
- 各金融機関で名義変更・解約の手続きをする
遺産分割協議に法律上の期限はありません。ただし、相続税の申告が必要な場合は、10か月以内に進める必要があります。
配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例は、期限内に申告することが適用の前提とされています。分割が間に合わないと、これらを使えないことがあります。
不動産の相続登記にも期限ができました。令和6年4月から義務化され、所有権の取得を知った日から3年以内が原則です。
仮払いを受けた分は、この遺産分割の中で精算されます。受け取った金額と使途を記録しておいてください。
領収書は、葬儀費用・お布施・その他で分けて保管すると、後の整理が楽になります。相続税の申告でも、この区別が必要になります。
まとめ
預貯金の仮払い制度について、覚えておくことは3つです。
- 計算式は決まっている。残高 × 3分の1 × 法定相続分、上限は1金融機関150万円
- もらい得ではない。引き出した分は、自分の取り分から差し引かれます
- 相続放棄を考えているなら使わない。処分と評価されるおそれがあります
家庭裁判所を通さずに使える、便利な制度です。一方で、相続放棄を選ぶ余地を失うおそれもあります。
相続財産の全体像がまだ見えていない段階では、金額と使途を必要な範囲にとどめ、記録を残しながら進めてください。
