相続放棄ができなくなる行為|単純承認とみなされるケース
民法921条1号の処分にあたる行為。預金の引き出しと遺品の処分が分かれ目
相続放棄ができなくなるのは、大きく分けて三つの場面です。相続財産を処分したとき、3か月の熟慮期間を過ぎたとき、そして放棄をした後に相続財産を隠したり私的に消費したときです(民法921条各号)。逆にいえば、財産の価値を保つための行為や、故人の債務を自分のお金で払う行為は、それ自体で放棄を妨げるものではありません。判断が分かれやすいのは「遺品整理」と「預金の引き出し」です。
民法921条が定める三つの類型
民法921条は「次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす」として、次の三つを挙げています。
1号は「相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき」です。ただし書きで、保存行為と、民法602条に定める期間を超えない賃貸は除かれています。602条の期間とは、建物なら3年、宅地なら5年などの短期賃貸借の期間です。
2号は「相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき」です。915条1項は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に承認または放棄をしなければならないと定めています。何もしないまま3か月が過ぎると、それだけで単純承認とみなされます。
3号は、限定承認または相続放棄をした後であっても、相続財産の全部もしくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったときです。申述が受理された後でも、相続財産を隠したり自分のために使ったりすれば、放棄の効力が覆る可能性があります。
単純承認とみなされると、被相続人の権利義務を無限に承継します(民法920条)。借金や保証債務も、金額の上限なく引き継ぐことになります。
「処分」にあたる可能性が高い行為
条文の「処分」は、財産を売る・譲る・使ってしまう・権利関係を確定的に変える行為を広く含みます。相続放棄を検討している段階では、次のような行為は避けるのが無難です。
- 故人の預金を解約し、自分の生活費や借入の返済に充てる
- 故人名義の不動産や自動車を売却する、名義を変更する
- 故人が貸していたお金を取り立てて受け取る
- 故人が受け取るべき賃料や売掛金を回収する
- 遺産分割協議に参加して署名・押印する
- 故人の債権者に対し、相続財産から弁済する
- 換価価値のある遺品(貴金属、骨董、時計など)を持ち帰る、売る
とくに遺産分割協議への参加は、相続人であることを前提に自分の取り分を決める行為なので、処分にあたると評価されやすい行為です。「自分は何もいらない」という内容の協議書に署名することも、相続放棄とは別の行為であり、家庭裁判所での放棄の手続きにはなりません。協議書そのものの意味は遺産分割協議書の書き方で解説しています。
処分にあたらないと考えられる行為
一方で、次のような行為は、それ自体では「処分」とは評価されにくいものです。
- 相続財産の価値を維持するための行為(雨漏りの応急修理、腐敗しやすい物の処分など。民法921条1号ただし書の保存行為)
- 自分の財産から葬儀費用や入院費を支払う
- 自分の財産から故人の債務を弁済する
- 形見分けとして、経済的価値のほとんどない衣類や写真を引き取る
- 故人の家の電気・ガス・水道などを解約する
- 生命保険金を受け取る(受取人が相続人本人に指定されている場合、その保険金は受取人固有の権利とされ、相続財産には含まれないと解されています)
ただし「経済的価値がほとんどない」という判断は、後から争いになりやすい部分です。遺品を持ち出す前に写真を撮っておく、処分した物のリストを残しておくといった記録が役立ちます。
葬儀費用については、故人の預金から支払った場合の扱いが実務上いちばん迷うところで、相当な範囲であれば処分にあたらないとした裁判例(大阪高裁平成14年7月3日決定・家庭裁判月報55巻1号82頁)があります。ただし金額や態様によってはリスクが残るため、相続放棄をしても葬儀費用は払えるかで詳しく整理しました。
3か月を過ぎてしまった場合
民法921条2号により、熟慮期間の経過は単純承認とみなされます。ただし、期間の起算点については重要な最高裁判例があります。
最高裁昭和59年4月27日判決は、相続人が被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたために期間内に放棄をしなかった場合において、被相続人との交際状況その他の事情から相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難であり、そう信じたことに相当な理由があるときは、3か月の期間は相続財産の全部または一部の存在を認識した時から進行するという趣旨を示しました。
このため、亡くなってから何年も経って債権者から請求書が届いた、というケースでも、事情によっては放棄が認められることがあります。ただし例外的な取扱いであり、事情の説明の仕方が結果を左右します。請求書を受け取った日付や、故人と疎遠だった経緯を示す資料は捨てずに保管してください。
なお、3か月では判断がつかないという場合、期間内であれば家庭裁判所に熟慮期間の伸長を申し立てることができます(民法915条1項ただし書)。
迷ったらまず動きを止める
相続放棄の申述先は、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。申述には申述人1人につき収入印紙800円と連絡用の郵便切手が必要で、必要書類は被相続人との続柄によって異なります(裁判所ウェブサイト「相続の放棄の申述」)。
大切なのは、判断がつかない間は相続財産に触れないことです。放棄をした後も、その時点で相続財産を現に占有しているときは、他の相続人や相続財産清算人に引き渡すまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって保存する義務があります(民法940条1項)。放棄したから何もしなくてよい、というわけではない点も押さえておいてください。
葬儀の直後は、葬儀社への支払いや各種の解約手続きが立て込み、うっかり相続財産に手をつけてしまいやすい時期です。何を先に済ませるべきかは葬儀後の手続き一覧に整理しています。
まとめ
相続放棄ができなくなるのは、相続財産の処分、熟慮期間の経過、放棄後の隠匿・私的消費の三つです。自分の財産から支払う分には制約は生じにくく、逆に故人の預金や遺品に手をつける行為は慎重な判断が必要になります。判断に迷ったら、動く前に事情を整理して確認する。それだけで、選べる道を残せることが少なくありません。
