故人の預金から葬儀費用を出せますか

口座は凍結されます。ただし遺産分割を待たずに引き出せる制度があります

故人の預金から葬儀費用を出せますか

葬儀の費用を、故人の預金から出したい。多くの方がそう考えます。

ただし、金融機関が亡くなったことを知ると、口座は凍結されます。そのままでは引き出せません。

一方で、遺産分割を待たずに一定額まで引き出せる制度があります。仕組みと注意点を順に見ていきます。

凍結された口座からでも、一定額までは引き出せる
凍結された口座からでも、一定額までは引き出せる(作図: 弁護士による葬儀ガード)

「遺産から払う」には2つの意味があります

まず言葉を整理します。混同すると話がずれます。

意味内容
① 実際に故人の口座から出す資金の出どころの話
② 相続人の間で遺産の負担とする精算の話

①は今すぐの資金繰りです。②は後の話し合いです。両方を「遺産から払う」と言うため、話が混ざります。

ここでは主に①を扱います。

口座はいつ凍結されるのか

凍結は、法律で義務づけられた手続ではありません。金融機関が、相続人の間の紛争や二重払いを避けるために行う実務上の取扱いです。

きっかけ内容
相続人からの連絡いちばん多い
新聞のお悔やみ欄金融機関が把握することがある
窓口でのやり取り手続きの中で判明する

凍結されると、入出金だけでなく、公共料金の口座振替も止まります。生活口座であれば、早めに切り替えの手配が必要です。

遺産分割を待たずに引き出せる制度

平成30年の相続法改正で、仮払いの制度ができました。葬儀費用や当面の生活費をまかなうためのものです。

根拠となる条文 — 預貯金の払戻し制度

各相続人は、遺産分割の前でも、預貯金債権のうち一定額について、単独で払戻しを受けられます(民法909条の2)。

計算式は「相続開始時の預貯金債権額 × 3分の1 × その相続人の法定相続分」です。

ただし、同一の金融機関ごとに上限があります。この上限は法務省令で定められており、150万円です(平成30年法務省令第29号)。

他の相続人の同意は要りません。単独で手続きできます。

計算例を挙げます。相続人が配偶者と子2人、A銀行の普通預金に900万円があるとします。

相続人法定相続分計算引き出せる額
配偶者2分の1900万 × 1/3 × 1/2 = 150万円150万円
子(1人あたり)4分の1900万 × 1/3 × 1/4 = 75万円75万円

配偶者は上限と一致するため150万円まで、子はそれぞれ75万円までとなります。

同じ銀行に複数の口座があっても、合算して150万円までです。A銀行とB銀行に口座があれば、それぞれで枠が使えます。

手続きに必要な書類

金融機関の窓口で申し出ます。求められる書類は、おおむね次のとおりです。

戸籍の代わりに「法定相続情報一覧図の写し」を使える金融機関が多くあります。法務局に申し出れば無料で交付され、複数の金融機関で使い回せます。

手続きから入金まで、数日から2週間ほどかかるのが一般的です。葬儀費用の支払期日に間に合うかを逆算してください。

図で整理: 引き出せる金額の計算と上限
図で整理: 引き出せる金額の計算と上限(作図: 弁護士による葬儀ガード)

相続放棄を考えているなら、慎重に

ここがいちばん注意すべき点です。

根拠となる考え方 — 遺産に手をつけると放棄できなくなる

相続人が相続財産の全部または一部を処分したときは、単純承認をしたものとみなされます(民法921条1号)。単純承認になれば、相続放棄はできません。

仮払いを受けることは、遺産の一部を受け取る行為です。処分にあたると評価される可能性があります。

もっとも、大阪高等裁判所平成14年7月3日決定(家庭裁判月報55巻1号82頁)は、相当な範囲の葬儀費用の支出について、相続財産の処分にあたらないとしました。

ただし金額や使い道によっては判断が分かれます。故人に借金がある可能性があるなら、引き出す前に確認してください。

相続放棄の期限は、自分が相続人になったことを知った時から3か月です(民法915条1項)。

放棄の可能性が残るなら、次の順で資金を探すほうが安全です。

順番資金放棄への影響
1香典遺産ではないため影響しにくい
2葬祭費・埋葬料申請者自身の給付
3相続人自身のお金影響しません
4故人の預金判断が分かれます

相続税では遺産から差し引けます

支払った葬儀費用は、相続税の計算で遺産の総額から差し引けます。資金の出どころとは別の話です。

差し引けるもの差し引けないもの
火葬・埋葬・納骨の費用香典返しの費用
遺体や遺骨の運搬費用墓石・墓地の購入費、借入料
通夜など葬式前後の通常の費用初七日などの法要の費用
読経料などのお布施医学上・裁判上の特別の処置の費用

区別するには内訳が必要です。総額だけの領収書では分けられません。

お布施のように領収書が出ないものは、日付・金額・相手先をメモに残し、出金記録と一緒に保管してください。

相続人の間での精算

故人の預金から出した場合、後の遺産分割でどう扱うかを決めます。

相続人全員が「葬儀費用は遺産から出し、残りを分ける」と合意すれば、その内容で処理できます。遺産分割協議書に書いておけば、後の争いを防げます。

合意がない場合は、立て替えた人が他の相続人に求めることになります。このとき必要なのは、支出の内訳と金額を示す資料です。

誰が、いつ、何にいくら払ったか。この記録さえあれば、話し合いは進みます。

故人の預金から出すとき — 引き出す前に確認する項目
故人の預金から出すとき — 引き出す前に確認する項目(作図: 弁護士による葬儀ガード)

家庭裁判所を使う方法もあります

仮払い制度の上限を超える資金が必要な場合、別の方法があります。

家庭裁判所に遺産分割の調停や審判を申し立てたうえで、預貯金の仮分割を求める仮処分です。ただし、手続きに時間がかかるため、葬儀費用のような急ぎの支払いには向きません。

実務では、まず仮払い制度で当座をしのぎ、不足分は相続人が立て替える形が一般的です。

口座凍結でほかに困ること

葬儀費用のほかにも、凍結によって止まるものがあります。早めに手を打ってください。

止まるもの対応
公共料金の口座振替名義変更か、別口座への切り替え
家賃・地代の引落し貸主に連絡し、支払方法を決める
携帯電話・通信料解約か名義変更
サブスクリプション解約しないと請求が続く
保険料の払込契約者変更か解約

とくに最後の2つは見落とされがちです。決済が止まっても契約は残るため、未払いが積み上がることがあります。

カードや口座を止める前に、各サービスの解約を先に済ませるほうが安全です。順番を逆にすると、滞納として扱われます。

生命保険金は別の扱いです

故人にかけられていた生命保険金は、預金とは扱いが違います。

受取人が指定されている場合、保険金はその受取人固有の権利とされ、遺産分割の対象になりません。凍結の影響も受けません。

つまり、受取人になっているなら、相続手続きを待たずに請求できます。葬儀費用の資金として現実的な選択肢です。

請求から入金までは数営業日から2週間ほどが目安です。必要書類は保険会社によりますが、死亡診断書の写し、保険証券、受取人の本人確認書類が一般的です。

なお、相続放棄をしても、受取人固有の権利である保険金は受け取れると考えられています。ただし、受取人が「被相続人」と指定されている場合など、扱いが変わることもあります。

まず確認する順番

資金をどこから出すか迷ったら、次の順に確かめてください。

4番目に進む前に、相続放棄の可能性がないかを確かめてください。故人に借金がある、事業をしていた、連帯保証をしていたといった事情があれば、慎重に判断する必要があります。

相続手続きが済んだ後の払戻し

仮払い制度は、あくまで当座をしのぐための仕組みです。遺産分割が終われば、通常の相続手続きで口座を解約できます。

必要な書類は、遺言があるかどうか、遺産分割協議が成立しているかどうかで変わります。

状況主に必要なもの
遺言がある遺言書(自筆証書は家庭裁判所の検認済のもの)
遺産分割協議が成立遺産分割協議書、相続人全員の印鑑登録証明書
どちらもない相続人全員の署名・押印がある金融機関所定の依頼書

いずれの場合も、被相続人の出生から死亡までの戸籍と、相続人全員の戸籍が必要です。法定相続情報一覧図があれば、この束の提出を省略できます。

書類がそろってから払戻しまで、2週間から1か月ほどかかるのが一般的です。戸籍を集める時間を含めると、全体では1か月から数か月を見ておいてください。

相続税の申告期限は、相続があったことを知った日の翌日から10か月です。納税資金を預金から用意するなら、そこから逆算して動く必要があります。

戸籍の収集は、相続人が多いほど時間がかかります。転籍や婚姻で本籍が変わっていると、複数の市区町村に請求することになります。早めに着手してください。

相談できる窓口

判断に迷う場面が多い分野です。とくに次の場合は、早めに相談してください。

  • 故人に借金がある、または事業をしていた
  • 連帯保証をしていた可能性がある
  • 相続人の間で意見が分かれている
  • 相続人の一部と連絡が取れない

弁護士に相談すれば、相続放棄を選ぶべきかどうか、仮払いを受けてよいかを、事情に沿って確かめられます。3か月の期限があるため、迷っている時間そのものが不利に働きます。