葬儀費用を相続財産から支払えるか|弁護士が法的な考え方を解説

凍結された口座から出せるのか。仮払い制度と、単純承認とみなされる境界線

葬儀費用を遺産から支払うこと自体は、相続人全員の合意があれば問題なく行えます。難しいのは、合意が得られていない場合と、相続放棄を検討している場合です。また、被相続人の口座は死亡が金融機関に伝わると凍結されるため、実際に引き出すには民法909条の2の仮払い制度などの手続きが必要になります。順に整理します。

「相続財産から払う」には2つの意味がある

同じ言葉でも、次の2つは別の問題です。

  • 精算の問題 — 誰かが立て替えた葬儀費用を、最終的に遺産の中から差し引いて清算できるか
  • 支出の問題 — 被相続人名義の預貯金から、実際にお金を引き出して葬儀社に支払えるか

精算の問題については、葬儀費用の負担者を定めた条文がなく、裁判例も分かれています。東京地方裁判所平成19年7月27日判決は、葬儀費用は葬儀を自己の責任と計算において手配し挙行した葬儀主宰者が負担すべきものとし、相続財産から差し引くことを認めませんでした。名古屋高等裁判所平成24年3月29日判決は、追悼儀式の費用は儀式の主宰者が、遺体の火葬・埋葬に要する費用は民法897条により定まる祭祀を主宰すべき者が負担すべきものとしています。詳しくは葬儀費用は誰が払うのかで扱っています。

なお、民法885条は相続財産に関する費用を相続財産から支出する旨を定めていますが、ここでいう費用は相続財産の管理・清算に要する費用を指し、葬式費用は含まれないと理解されています。

裁判例が分かれている以上、実務では相続人全員の合意が決め手になります。全員が「葬儀費用は遺産から支出し、残りを法定相続分で分ける」と合意すれば、その内容で処理して差し支えありません。合意した内容は遺産分割協議書に明記しておくと、後の行き違いを防げます。

口座凍結と仮払い制度

金融機関が名義人の死亡を把握すると、その口座は凍結され、相続人であっても単独では引き出せなくなります。葬儀費用の支払いは死亡直後に必要になるため、ここで資金繰りに困る相談が多く寄せられます。

平成30年の相続法改正で新設された民法909条の2は、各共同相続人が、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始時の債権額の3分の1に自らの法定相続分を乗じた額について、遺産分割を経ずに単独で払戻しを受けられると定めています。同一の金融機関から払戻しを受けられる額の上限は法務省令により150万円とされており、この上限は金融機関ごとに判断されます。

利用には、被相続人の出生から死亡までの戸籍、相続人であることがわかる戸籍、印鑑証明書などが必要です。必要書類は金融機関によって異なるため、事前に問い合わせてください。手続きの流れは預貯金の仮払い制度にまとめています。

金額が足りない場合は、家庭裁判所の保全処分(家事事件手続法200条3項)による払戻しを求める方法もありますが、時間がかかるため、葬儀費用の即時の支払いには向きません。

相続放棄を考えている場合の注意

被相続人に多額の負債がある場合、葬儀費用を遺産から支出したことが「相続財産の処分」(民法921条1号)にあたり、単純承認したものとみなされて相続放棄ができなくなるのではないか、という点が問題になります。

この点について、大阪高等裁判所平成14年7月3日決定は、葬儀は人生最後の儀式として社会的儀式としての必要性が高く、その時期を予想することは困難で、執り行うには必ず相当額の支出を伴うことから、被相続人に相続財産があるときにそれを葬儀費用に充当しても社会的見地から不当なものとはいえないとしました。同決定は、預貯金を解約してその一部を仏壇や墓石の購入費用に充てた行為についても、明白に法定単純承認たる「相続財産の処分」にあたるとは断定できないとしています。

ただし、この判断は事案の事情を前提としたものであり、支出の範囲が社会通念上相当といえるかが問われます。高額な葬儀を遺産から賄った場合や、葬儀と関係のない支出に充てた場合には、評価が変わる可能性があります。相続放棄を視野に入れているなら、支出の前に弁護士へ確認するのが安全です。判断の分かれ目は相続放棄をしても葬儀費用は払えるか相続放棄ができなくなる行為で詳しく扱っています。

相続税の債務控除で使える範囲

相続税の計算では、相続財産の価額から葬式費用を差し引くことができます。国税庁のタックスアンサーNo.4129によれば、控除できるのは次のようなものです。

  • 火葬、埋葬、納骨に要した費用(仮葬式と本葬式を行ったときは両方)
  • 遺体や遺骨の回送に要した費用
  • 通夜など、葬式の前後に生じた費用で通常葬式に必要と認められるもの
  • 読経料など、葬式に際して寺院や宗教者へ支払った費用
  • 遺体の捜索、遺体や遺骨の運搬に要した費用

一方、香典返しのためにかかった費用、墓石や墓地の購入費・借入料、初七日など法会に要した費用は控除できません。控除の可否の整理は相続税から控除できる葬式費用にまとめています。

税務上控除できることと、民事上の負担者が誰かは別の問題です。混同しやすい点なので、分けて考えてください。

まとめ

葬儀費用を遺産から支払えるかどうかは、相続人全員の合意があるか、口座から実際に引き出せるか、相続放棄を検討しているかの3点で整理できます。合意があれば処理は難しくなく、資金の面では仮払い制度で1金融機関あたり150万円まで対応できます。

注意が必要なのは、他の相続人の同意を得ないまま遺産に手をつけた場合と、負債があって相続放棄の可能性を残しておきたい場合です。どちらも後から取り返しがつきにくいため、判断に迷う段階で弁護士に事実関係を伝え、支出してよい範囲を確認しておくことをおすすめします。