相続放棄をしても香典を受け取れるか|単純承認との関係

香典は故人の財産ではありません。受け取っても、放棄の妨げにはなりません

相続放棄をしても香典を受け取れるか|単純承認との関係

相続放棄を考えている。でも、葬儀では香典を受け取ることになる。

「これで放棄ができなくなるのでは」と心配される方がいます。

そうはなりません。

香典は、弔問に来た方から喪主に対する贈り物と考えられています。故人の財産ではありません。

相続財産でない以上、受け取っても「相続財産の処分」にはあたりません。放棄の妨げにはならないのです。

ただし、故人の預金と混ぜないでください。そこが境界線です。

相続放棄をしても香典を受け取れるかの全体像。判断が分かれる点を一枚で示す
相続放棄をしても香典を受け取れるかの全体像。判断が分かれる点を一枚で示す(作図: 弁護士による葬儀ガード)

香典が相続財産に含まれない理由

香典は、葬儀を主宰する人に対して、参列者が費用の負担を分かち合う趣旨で渡す金銭とされています。

故人が生前に有していた財産ではありません。ですから、相続の対象になりません。

この整理は、税務上の扱いとも整合します。

社交上の必要によるもので、社会通念上相当と認められる香典については、贈与税を課さない取扱いがされています。

さらに、香典返しの費用は相続税の計算で差し引けないとされています。受け取った香典に課税されないことと対応した扱いです。

つまり、税の世界でも「香典と香典返しはセットで、相続の外側にある」と整理されているわけです。

したがって、香典を受け取り、葬儀費用に充てることは、相続財産の処分とは別の行為として整理できます。

根拠となる条文 — 相続財産の範囲と単純承認

相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します(民法896条)。香典は被相続人の財産に属していたものではないため、この承継の対象になりません。

相続人が相続財産の全部または一部を処分したときは、単純承認をしたものとみなされます(同法921条1号)。この「相続財産」に香典は含まれないと整理されます。

なお、相続税法基本通達13-5は、香典返戻費用を葬式費用でないものとしています。受け取った香典が課税対象とならないことと対応した扱いです。

単純承認とみなされる行為との区別

相続放棄を予定している場合に避けるべきなのは、「相続財産の処分」です。

香典は相続財産ではないため、この規定の対象外と考えられます。

一方、次の行為は相続財産に関わるため、慎重な判断が必要です。

行為評価
香典を受け取る相続財産ではない
香典から葬儀費用を払う同上
故人の預金を引き出して葬儀費用に充てる判断が分かれる
故人名義の財産を売却する処分にあたる
価値のある遺品を処分する処分にあたる

3つ目については、相当な範囲であれば相続財産の処分にあたらないとした裁判例があります(大阪高裁平成14年7月3日決定)。

ただし、金額や態様によっては単純承認とみなされる余地が残ります。

香典で足りるなら、故人の預金には手をつけない。これがいちばん安全な進め方です。

実務上の注意点

香典を受け取ること自体に問題がないとしても、次の点に気をつけてください。後の説明がしやすくなります。

3つ目が、いちばん大切です。

いったん混ぜてしまうと、後から分けられません。「これは香典から払った」と説明できなくなります。

家庭裁判所から送られてくる照会書には、相続財産を処分したり使ったりしていないかを尋ねる項目があります。

ここで説明できるよう、金銭の流れを分けておくことが大切です。

香典を受け取ったら、その日のうちに総額を控えておいてください。芳名帳と香典袋を照合すれば、誰からいくらかも分かります。

図で整理: 香典返しの費用
図で整理: 香典返しの費用(作図: 弁護士による葬儀ガード)

香典返しの費用

香典返しの費用は、受け取った香典から支出するのが通常です。

香典が相続財産でない以上、その返礼にあてる支出も相続財産の処分にはあたらないと整理できます。

税務上は、別の扱いがあります。

費目相続税で差し引けるか
火葬・搬送・通夜の費用○
読経料などのお布施○
香典返しの費用×
初七日など法要の費用×

なお、相続放棄をした場合、そもそも相続税の申告義務が生じないケースが多くなります。

ただし、生命保険金など放棄後も受け取る財産があれば、課税関係を確認する必要があります。

生命保険の死亡保険金は、受取人固有の財産とされ、相続放棄をしても受け取れます。ただし、相続税の計算では「みなし相続財産」として課税対象になり得ます。

放棄した人は、非課税枠(500万円 × 法定相続人の数)を使えません。この点は見落とされやすいので、金額が大きい場合は税理士に確認してください。

高額な香典が渡された場合

社会通念上相当と認められる範囲を大きく超える金額が渡された場合。ここは、少し考える必要があります。

贈与税の課税関係が問題になる余地があります。

また、故人の財産から出たものと評価されるような事情があれば、香典としての性質そのものが争点になり得ます。

もっとも、通常の葬儀で受け取る香典であれば、この点が問題になることはまれです。

気をつけたいのは、次の2つの場合です。

  1. 金額が極端に大きい場合
  2. 法人からの弔慰金が含まれる場合

法人から支給される弔慰金は、香典とは性質が異なります。故人の勤務先から支給されるものは、死亡退職金として扱われることもあります。

死亡退職金は、相続財産に含まれる場合と、受給者固有の権利とされる場合があります。就業規則や退職金規程の定め方によります。

相続放棄を考えている場合、これを受け取ってよいかは慎重に判断してください。受け取る前に、規程を確認したうえで相談することをおすすめします。

相続放棄をしても香典を受け取れるか — 支払う前・動く前に確認しておきたい項目
相続放棄をしても香典を受け取れるか — 支払う前・動く前に確認しておきたい項目(作図: 弁護士による葬儀ガード)

香典以外で使えるお金

故人の預金に手をつけずに葬儀費用をまかなう方法は、香典のほかにもあります。相続放棄を考えているなら、こちらを先に確認してください。

種類内容放棄との関係
葬祭費国民健康保険・後期高齢者医療。東京23区は7万円葬祭を行った人への給付
埋葬料健康保険。5万円同上
葬祭料労災(業務上・通勤による死亡)。315,000円+給付基礎日額30日分同上
生命保険の死亡保険金受取人固有の財産放棄しても受け取れる

葬祭費と埋葬料は、故人に支給されるものではありません。葬祭を行った人に対する給付です。ですから、相続財産にはあたらないと整理されます。

いずれも申請しないともらえません。期限は2年です。窓口は市区町村か、加入していた健康保険です。

生命保険の死亡保険金は、受取人が指定されていれば受取人固有の財産とされます。相続放棄をしても受け取れると解されています。

保険証券を探してみてください。これで足りるなら、故人の預金に手をつけずに済みます。

未支給年金も同じです。遺族固有の権利とされ、相続財産にはあたらないと解されています。生計を同じくしていた遺族が請求できます。

これらを合わせると、まとまった金額になることがあります。故人の預金を使う前に、まず確認してください。

形式を見直すという選択

香典と公的給付で足りないとき。故人の預金に手をつける前に、規模を見直すという判断もあり得ます。

株式会社鎌倉新書の「第7回 お葬式に関する全国調査」(2026年)による平均額は、次のとおりです。

形式平均
一般葬122.01万円
家族葬96.39万円
一日葬74.43万円
直葬・火葬式49.56万円

全体の平均は96.73万円です。この金額にお布施は含まれていません。

参列者を減らすと、料理と返礼品が減ります。ただし香典も減りますので、差し引きで考えてください。

債務超過の可能性がある状況で、平均を大きく超える葬儀を行うと、後の説明が難しくなります。「相当な範囲」かどうかが問題になるからです。

規模を抑えることに、後ろめたさを感じる必要はありません。故人の債務を引き継いで生活が立ち行かなくなるほうが、望ましくないはずです。

まだ契約前であれば、形式を変える余地があります。契約後は難しくなりますので、決めるなら早い段階です。

香典の記録の残し方

「記録を残してください」と繰り返しお伝えしていますが、具体的に何を残すのかを整理しておきます。

受け取ったとき

  • 誰から、いくらいただいたか(芳名帳と香典袋を照合します)
  • 受け取った日付
  • 香典の総額

香典袋は、開けた順にまとめて置いてしまうと、後から誰のものか分からなくなります。開封したその場で、袋に書かれた氏名と金額を控えてください。

葬儀の当日は、喪主にその余裕がありません。受付を担当した方に、記録まで頼んでおくのが確実です。

使ったとき

  • 何に、いくら払ったか
  • 支払った日付
  • 支払った相手
  • 領収書(お布施のように出ないものは、メモで代える)

ノートに1行ずつ書いていくだけで十分です。表計算ソフトは要りません。

残った分

香典の総額から支出を引いた金額を出しておきます。これが手元に残った分です。

この記録があると、家庭裁判所の照会書に答えるときも、他の相続人に説明するときも、迷いません。

逆に、記録がないと「香典から払ったのか、故人の預金から払ったのか」を後から証明できなくなります。ここが分かれ目になることがあります。

迷ったときの確認先

判断に迷う場面が出てきたときに、どこに聞けばよいのかを整理しておきます。

内容聞く先
この行為で放棄ができなくなるか弁護士
相続放棄の手続きそのもの家庭裁判所、弁護士、司法書士
香典や保険金の課税関係税務署、税理士
葬祭費・埋葬料の申請市区町村、加入していた健康保険
未支給年金・遺族年金年金事務所

家庭裁判所は、手続きの進め方については案内してくれます。ただし、「この行為をしても大丈夫か」という法的な判断は示しません。そこは弁護士に相談してください。

費用の負担が難しい場合は、日本司法支援センター(法テラス)の民事法律扶助制度があります。資力の要件を満たせば、無料の法律相談を受けられる場合があります。

そして、いちばん大切なことをもう一度お伝えします。

迷ったら、動く前に聞いてください。動いてしまってからでは戻せません。3か月という期限はありますが、その中で確認する時間は必ずあります。

まとめ

相続放棄と香典について、覚えておくことは3つです。

  1. 香典は相続財産ではない。受け取っても放棄の妨げになりません
  2. 故人の預金と混ぜない。混ぜると、後から説明できなくなります
  3. 総額と使途を記録する。照会書で説明できる状態にしておきます

香典は自分の管理下に置き、そこから葬儀費用を払う。この形であれば、まず問題は生じません。

故人の財産に手をつける必要が生じた場合は、判断の前に確認してください。動いてしまってからでは戻せません。