契約書がないのに葬儀費用を請求された
書面がなくても契約は成立します。問われるのは「どこまで頼んだか」です
契約書を交わした覚えがないのに、請求書が届いた。
残念ながら、「契約書がないから払わない」という主張は通りません。書面がなくても契約は成立します。
ただし、問われるのは別のことです。「契約したか」ではなく、「どこまで頼んだか」です。
書面がなくても契約は成立します
まず前提を押さえます。
根拠となる条文 — 契約の成立
契約は、内容を示してその締結を申し入れる意思表示に対して、相手方が承諾したときに成立します(民法522条1項)。
そして、法令に特別の定めがある場合を除き、契約の成立には書面の作成その他の方式を必要としません(同条2項)。
つまり、口頭で「お願いします」と言い、相手が引き受ければ、それで契約は成立しています。
裏を返せば、申込みも承諾もない項目について、代金の支払義務は生じません。
葬儀は臨終直後に始まります。書面を交わす前に搬送が行われていることは、めずらしくありません。
この場合でも、依頼して役務が提供されている以上、契約は成立していると考えるのが通常です。
問題は「範囲」です
契約が成立しているとして、次に問われるのは範囲です。
| 頼んだ範囲 | 支払う対象 |
|---|---|
| 搬送だけ | 搬送費、安置料 |
| 搬送と安置 | 上記+日数分の保管料 |
| 葬儀一式 | 祭壇、式場、料理、返礼品など全部 |
「搬送を頼んだつもりが、葬儀一式の契約になっていた」という食い違いは、この段階で生じます。
そして、契約の成立と内容を主張する側、つまり請求する葬儀社が、その経緯を説明する立場に立ちます。
「一式を受注した」と主張するなら、どのような説明をして、どのような了解を得たのかを示す必要があります。
依頼した範囲を整理する
自分の側でも、経緯を整理しておく必要があります。次の観点で振り返ってください。
とくに2つ目です。料金表やプラン表を見せられ、そこから選んだのであれば、選んだ内容が合意の対象になっている可能性が高くなります。
逆に、何も示されないまま進んだのであれば、範囲は限定的だったと主張しやすくなります。
着信履歴やメール、家族の記憶と照らし合わせて、時系列のメモを作ってください。
書面がないこと自体の意味
事業者には、書面を交付すべき場面があります。交付されていないこと自体が、別の意味を持つことがあります。
根拠となる条文 — 書面交付義務とクーリングオフ
訪問販売にあたる場合、事業者は、申込みを受けたときや契約を結んだときに、法定の記載事項を書いた書面を交付しなければなりません(特定商取引法4条、5条)。
記載事項には、商品や役務の内容、価格、支払時期と方法、提供時期、クーリングオフに関する事項、事業者の連絡先などが含まれます。
クーリングオフに関する事項は、赤枠の中に赤字で書くこととされています。
書面が交付されていない場合や、記載事項が欠けている場合には、8日の期間が進行しないと考えられています。契約から日数が経っていても、解除できる余地が残ります。
自宅や病院など「営業所以外の場所」で契約した場合、この規定が使える可能性があります。手元の書類をすべて確かめてください。
まず明細をもらってください
範囲を検討するには、何にいくらかかったのかが分からなければ始まりません。
根拠となる条文 — 明細を求めるのは正当です
お金を払う側は、支払いと引き換えに受取証書(領収書)の交付を求めることができます(民法486条1項)。
支払いの前提として、内容の説明を求めることも、この延長にある正当な要求です。
求め方は具体的にしてください。
「各項目について、数量と単価が分かる明細をご提示いただけますか」
明細が出たら、自分が依頼した記憶のある項目と、ない項目に仕分けます。この作業ができて初めて、話し合いの対象が決まります。
契約者が誰かも確かめる
もうひとつ確かめたいのが、請求されている相手です。
葬儀は臨終直後に進むため、その場にいた家族が対応していることがあります。請求書が自分宛てでも、実際に申し込んだのが別の人なら、義務を負うのはその人です。
書面がない場合、誰が申込みをしたのかも争点になり得ます。当日、誰が病院で対応し、誰が搬送を頼み、誰が打ち合わせに立ち会ったのか。ここを整理してください。
なお、家族の間で誰がいくら負担するかは、葬儀社との関係とは別の問題です。混ぜると、話す相手を間違えます。
対応の順序
実際の進め方です。感情的にならずに済みます。
4つ目の聞き方は、責める形にしなくて大丈夫です。
「この項目について、いつ、どなたにご説明いただいて、どのように了解したことになっているか教えていただけますか」
事実を尋ねているだけなので、対立になりません。実際、この一言で取り下げられることもあります。
全額を止めないでください。争っていない分にも遅延損害金がつき、話も進みにくくなります。
話が進まないときの相談先
書面で求めても応じてもらえないときは、次の順に進みます。
| 段階 | 内容 | 費用 |
|---|---|---|
| 消費生活センター | 電話188。相談員が間に入る | 無料 |
| 内容証明郵便 | いつ何を求めたかが記録に残る | 数千円 |
| 少額訴訟 | 60万円以下なら原則1回で終わる | 数千円〜 |
| 弁護士に相談 | 争える範囲と見込みを確かめる | 事務所による |
国民生活センターが2026年6月3日に公表した資料によると、葬儀サービスに関する相談は2025年度に917件、うち52.6%が料金に関するものでした。
同じ資料では、病院で紹介された葬儀社を利用した事例も取り上げられています。書面を交わす間もなく契約に至る場面は、実際に多くあります。
記録が残っていないか探す
書面がなくても、やり取りの痕跡は残っていることが多いものです。
これらを時系列に並べると、どの段階で何を依頼したのかが見えてきます。
たとえば、搬送の翌日に見積書が渡されているなら、その時点までは搬送だけの依頼だったと主張しやすくなります。
家族が撮った写真に、書類が写り込んでいることもあります。日付の記録として使えます。
記録を残しながら進める
これからのやり取りは、記録の残る方法にしてください。
電話で説明を受けた場合も、その日のうちにメールを送っておきます。
「本日お電話でうかがった内容は、◯◯という理解でよろしいでしょうか」
相手が返信すれば内容が確定し、返信がなくても、こちらの認識を伝えた事実は残ります。
なお、通話の録音についても裁判例があります。自分が当事者となっている会話であれば、相手の同意なく録音しても、民事の裁判で証拠能力は否定されないとされています。著しく反社会的な手段による場合は別です(東京高裁昭和52年7月15日判決)。
ただし実務上は、まずメールでの確認を優先してください。録音は補助的に考えるのが現実的です。
これから頼むときの防ぎ方
同じことを繰り返さないために、依頼の際にできることがあります。
いちばん効くのは、範囲を口にすることです。
「まず搬送だけお願いします。葬儀の内容は、家族と相談してから決めます」
この一言があるかどうかで、後の食い違いは大きく変わります。搬送を頼んだ会社と、葬儀を頼む会社が違っても問題ありません。
そのうえで、次の点を確かめてください。
| 確認事項 | 内容 |
|---|---|
| 搬送の料金 | 距離区分と、深夜・早朝の割増 |
| 安置場所 | 自社施設か、自宅か |
| 安置料 | 1日あたりいくらか |
| ドライアイス | 1回あたりいくら、1日何回か |
回答はメモに残し、できればその日のうちにメールで確認しておきます。
書類を渡されたら、何の書類かを必ず確かめてください。「これは搬送だけの依頼書ですか」と聞くだけで足ります。
相続や税務でも書類を使います
争いが片づいたら、書類は捨てずに保管してください。相続の手続きで必要になります。
相続税の計算では、葬式費用を遺産の総額から差し引けます。ただし、差し引けるものとそうでないものが分かれます。
区別するには内訳が要ります。総額だけの領収書では分けられません。
また、相続人の一人が立て替えた場合、他の家族に負担を求める際の資料にもなります。誰が、いつ、何にいくら払ったか。この記録があれば、話し合いは進みます。
支払期限が迫っているとき
葬儀費用の期限は、葬儀の後1週間から10日ほどが多くあります。確かめている間に来てしまうこともあります。
その場合も、争いのない分は先に払ってください。そのうえで、残りは「内訳が確認でき次第お支払いします」と伝えます。
払ってしまっても取り返せないわけではありません。義務のなかった分は、後から返還を求められます。
資金が足りないとき
手元の現金が足りない場合は、先に次を確かめてください。
香典の総額、葬祭費や埋葬料などの公的給付、そして故人の口座からの仮払いです。凍結された口座からも、金融機関ごとに150万円までは払い戻せます。
公的給付は申請しないともらえません。期限は2年です。
争いのない分の見極め方
「争いのない分」とは、依頼した記憶がはっきりある項目のことです。搬送、安置、火葬料などが典型です。
明細を項目ごとに見て、記憶のある項目に印をつけてください。その合計額が、先に払う金額になります。
