故人の預金から葬儀費用を払うと相続放棄できなくなるのか

「相当な範囲」なら処分にあたらないとした裁判例があります。ただし記録は必須です

葬儀費用を、故人の預金から出してよいのか。相続放棄を考えていると、判断に迷います。

結論から言えば、慎重に扱うべき場面です。ただし、相当な範囲の葬儀費用の支出について、相続財産の処分にあたらないとした裁判例があります。

大切なのは、金額と使い道、そして記録です。順に見ていきます。

処分と評価されるかどうかの分かれ目
処分と評価されるかどうかの分かれ目(作図: 弁護士による葬儀ガード)

なぜ問題になるのか

相続放棄には期限があります。そして、期限内でも放棄ができなくなる行為があります。

根拠となる条文 — 相続放棄の期限と単純承認

相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、単純承認、限定承認または放棄をしなければなりません(民法915条1項)。この期間は、家庭裁判所に申し立てて伸長してもらうことができます。

相続人が相続財産の全部または一部を処分したときは、単純承認をしたものとみなされます(民法921条1号)。ただし、保存行為や短期の賃貸は除かれます。

相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法939条)。

つまり、財産を処分すると、相続を承認したことになってしまいます。放棄をしたくても、できなくなります。

故人の預金を引き出して使う行為が、この「処分」にあたるかどうか。ここが問題になります。

まず前提として、放棄が必要かどうかを確かめてください。負債より財産のほうが多いなら、放棄する理由がありません。

負債の有無は、郵便物、通帳の履歴、信用情報機関への照会などで調べられます。時間がかかることもあります。

信用情報機関への照会は、相続人であれば行えます。銀行系、信販系、消費者金融系で機関が分かれています。

保証債務は、信用情報に現れないことがあります。契約書や郵便物からしか分からない場合もあります。

だから、3か月では足りないことがあります。伸長の申立てを早めに検討してください。

放棄が必要かどうかが決まっていない段階では、預金に手をつけないほうが安全です。

裁判例が示した考え方

この点について、参考になる裁判例があります。

根拠となる裁判例 — 葬儀費用の支出と相続財産の処分

大阪高等裁判所平成14年7月3日決定(家庭裁判月報55巻1号82頁)は、相当な範囲の葬儀費用の支出について、相続財産の処分にあたらないとしました。

葬儀は社会的儀式として必要性が高く、被相続人の財産から支出することが不当とはいえないという趣旨の判断が示されています。

もっとも、これは事案に即した判断です。金額や使い道によっては、処分にあたると評価される可能性があります。すべての支出が許されるという意味ではありません。

「相当な範囲」という言葉が鍵になります。何が相当かは、故人の資産の規模や、地域の慣習によって変わります。

だから、「いくらまでなら大丈夫」という基準はありません。事案ごとの判断になります。

もう一つ、期間の起算点についての判例もあります。最高裁昭和59年4月27日判決です。

この判決は、次のような趣旨を示しました。相続財産が全く存在しないと信じ、そう信じたことに相当な理由がある場合。このときは、3か月の期間が相続財産の存在を認識した時から進行するというものです。

後から負債が判明した場合に、放棄が認められる余地があるということです。あきらめる前に相談してください。

判断の分かれ目

実務上、次の点が見られます。

見られる点安全側危険側
金額標準的な範囲資産に比べて過大
使い道葬儀・火葬の実費私的な用途、他の債務の返済
記録領収書と明細がある何に使ったか分からない
引き出し方必要額のみ口座を空にする

株式会社鎌倉新書の「第7回 お葬式に関する全国調査」(2026年)によると、葬儀費用の総額の平均は96.73万円です。

この水準を大きく超える豪華な葬儀を、故人の預金から出した場合。処分と評価されるおそれが高まります。

逆に、直葬や一日葬のように費用を抑えた形式であれば、争いになりにくくなります。

同じ調査によると、直葬・火葬式の平均費用は49.56万円、一日葬の平均費用は74.43万円でした。

放棄を検討している場面では、形式を抑えることに二重の意味があります。費用が減り、争点も減ります。

家族と相談するときは、この点も含めて説明してください。理解が得られやすくなります。

記録を残す

どの方法を取るにしても、記録は必須です。

一覧は、簡単なもので構いません。日付、支払先、金額、内容の4項目があれば足ります。

残額を私的に使わないでください。使ってしまうと、説明がつかなくなります。

引き出した金額と支払った金額に差があるなら、その差額は手をつけずに置いておきます。

保管は、自分の生活費と混ざらない形にしてください。別の口座か、封筒に分けて保管します。

後で説明を求められたときに、残額を示せることが大切です。混ざってしまうと、説明がつきません。

家族が複数で関わっている場合は、誰が保管しているかを共有してください。

避けたほうがよい使い方

同じ「故人の預金」でも、使い道によって評価が変わります。

  • 故人の借金の返済に充てる
  • 香典返し以外の私的な買い物に使う
  • 生活費として使う
  • 口座を解約して全額を引き出す

借金の返済は、明確に処分と評価される可能性が高い行為です。放棄を検討しているなら、絶対に避けてください。

口座の解約も同じです。必要な金額だけを引き出す形にとどめてください。

判断がつかない支出は、自分の財布から立て替えるほうが安全です。後から精算する方法もあります。

とくに、四十九日以降の法要や、墓石・仏壇の購入は、葬儀費用とは性質が異なります。

これらを故人の預金から出すと、処分と評価されやすくなります。急ぐ支出でもありません。

放棄の判断が済むまでは、支出を葬儀と火葬の実費に限ってください。

図で整理: 引き出す前に決めておくこと
図で整理: 引き出す前に決めておくこと(作図: 弁護士による葬儀ガード)

仮払い制度を使う場合

故人の口座が凍結されている場合、仮払いの制度があります。

根拠となる条文 — 預貯金の仮払い

各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち、相続開始の時の債権額の3分の1に法定相続分を乗じた額について、単独で権利を行使することができるとされています(民法909条の2)。

同一の金融機関に対して行使できる額の上限は、法務省令で150万円と定められています。

最高裁は平成28年12月19日大法廷決定において、共同相続された普通預金債権、通常貯金債権および定期貯金債権は、相続開始と同時に当然に分割されることはなく、遺産分割の対象となるとしました。仮払い制度は、この判例を前提に設けられたものです。

仮払い制度で引き出した場合も、その後の使い道が問題になります。制度を使ったこと自体が、放棄を妨げないという保証はありません。

相続放棄を検討しているなら、この制度を使う前に相談してください。

手続きには、故人の出生から死亡までの戸籍と、相続人であることを示す書類が必要です。準備に時間がかかります。

その時間を使って、負債の調査を進めることもできます。放棄が必要かどうかが分かれば、判断が変わります。

急いで引き出す必要がないなら、調査を先にするほうが安全です。

立て替えるという選択

もっとも安全なのは、自分の財布から立て替えることです。

立て替えた費用は、後から相続財産から精算できることがあります。相続放棄をした場合でも、葬儀を主宰した者としての立場は残ります。

  • 立て替えた金額と日付を記録する
  • 領収書は自分の名前で受け取る
  • 誰がいくら立て替えたかを、家族で共有する

ただし、精算を求める相手がいない場合もあります。相続人全員が放棄すれば、財産は相続財産清算人の管理に移ります。

金額が大きい場合は、立て替える前に相談してください。回収の見込みも含めて判断する必要があります。

葬儀の形式を抑えれば、立て替える金額も小さくなります。判断がつかない段階では、それも一つの方法です。

葬祭費や埋葬料の給付も使えます。国民健康保険や後期高齢者医療なら葬祭費、会社の健康保険なら埋葬料です。

これらは故人の財産ではないため、受け取っても放棄に影響しないと考えられています。

迷ったときの進め方

判断がつかない場合の順番を示します。

順番やること
1財産と負債の概要を調べる(放棄が必要かを確かめる)
2葬儀の形式と費用の見込みを立てる
3支払い方法を決める(立替か、預金からか)
4判断に迷うなら、引き出す前に弁護士へ相談

1番目が出発点です。負債のほうが多いと分かって初めて、放棄が現実的な選択になります。

負債の有無は、郵便物、通帳の履歴、信用情報機関への照会などで調べられます。時間がかかることもあります。

信用情報機関への照会は、相続人であれば行えます。銀行系、信販系、消費者金融系で機関が分かれています。

保証債務は、信用情報に現れないことがあります。契約書や郵便物からしか分からない場合もあります。

だから、3か月では足りないことがあります。伸長の申立てを早めに検討してください。

3か月では判断できない場合は、家庭裁判所に期間の伸長を申し立てられます。期限が来る前に手続きしてください。

香典の扱い

香典は、故人の財産ではありません。葬儀の主宰者に対する贈与と理解されるのが一般的です。

そのため、香典を受け取っても、相続財産の処分にはあたらないと考えられています。

香典を葬儀費用に充てれば、故人の預金から出す必要が減ります。まず香典で賄い、不足分をどうするかを考えてください。

なお、香典返しの費用は、相続税の計算で差し引ける葬式費用に含まれません。国税庁のタックスアンサーNo.4129が、控除できないものとして挙げています。

預金から支払う前 — 確認する項目
預金から支払う前 — 確認する項目(作図: 弁護士による葬儀ガード)

まとめ

故人の預金から葬儀費用を出すことは、慎重に判断してください。

  • 相当な範囲の葬儀費用は処分にあたらないとした裁判例がある
  • 判断の分かれ目は、金額の妥当性と使い道、そして記録
  • もっとも安全なのは、自分の財布から立て替えること

迷ったら、引き出す前に弁護士に相談してください。後から取り返しがつかないことがあります。