相続放棄したあと遺品整理はできるか|触ってよいものの線引き
原則として、片付けは相続財産を管理する人の仕事になります。触る前に線引きを確かめてください
相続放棄をした。それでも、管理会社や親族から部屋の片付けを求められている。
ここは慎重に判断してください。遺品を処分すると、放棄が無効になったり、責任を問われたりすることがあります。
やってよいことと、避けるべきことの線引きがあります。順に見ていきます。
放棄の前と後で、問題が変わります
同じ「遺品整理」でも、放棄の前か後かで論点が違います。
| 時期 | 問題になること |
|---|---|
| 放棄する前 | 処分すると、放棄ができなくなる |
| 放棄した後 | 隠す・使うと、単純承認とみなされる |
放棄の前は、単純承認とみなされる行為かどうかが問題になります。
放棄の後は、承認したものとみなす別の規定が働きます。どちらの時期でも、財産に手をつけることには危険が伴います。
放棄の申述が受理されても、後から債権者が争うことがあります。受理は、最終的な確定を意味しません。
だから、放棄した後も慎重に扱う必要があります。「もう放棄したから関係ない」とは言い切れません。
何をしたかを記録に残しておけば、後で説明できます。写真とメモが役立ちます。
条文はどうなっているか
根拠となる条文 — 単純承認とみなされる行為
相続人が相続財産の全部または一部を処分したときは、単純承認をしたものとみなされます(民法921条1号)。ただし、保存行為や、短期の賃貸をすることは除かれます。
相続人が、限定承認または相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部もしくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、または悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったときも、単純承認をしたものとみなされます(同条3号)。
相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人または相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならないとされています(民法940条1項)。
3つ目が重要です。放棄をしても、現に占有している財産については、引き渡すまで保存する義務があります。
2023年の改正で、この規定の内容が整理されました。占有していない財産についてまで管理義務を負うわけではありません。
つまり、故人の家に住んでいた場合と、そうでない場合とで、負う義務が変わります。
同居していた場合は、現に占有している状態です。引き渡すまで、保存する義務を負います。
遠方に住んでいて、故人の家に立ち入っていない場合は、占有しているとは言えないのが通常です。
自分がどちらの立場かを確かめてください。負う義務の範囲が変わります。
触ると危ないもの
財産的な価値があるものは、避けてください。
- 現金、預金通帳、キャッシュカード
- 貴金属、時計、美術品
- 自動車、バイク
- 有価証券、権利証
- 高価な家電、家具
これらを持ち帰る、売る、使うといった行為は、処分と評価される可能性が高くなります。
形見分けも同じです。「気持ちの問題だから」と考えても、法的には財産の処分になり得ます。
親族から形見分けを求められることもあります。その場合は、事情を説明して断ってください。
「相続放棄をしたので、財産に手をつけられません」と伝えれば足ります。理由がはっきりしています。
後で誤解が生じないよう、伝えた内容を記録してください。親族間の行き違いを防げます。
写真や手紙など、換金性のないものについては、扱いが異なる余地があります。ただし、判断が難しいため、慎重に考えてください。
家族にとって価値があるものと、財産的価値があるものは違います。ここを混同しないでください。
どうしても残したいものがある場合は、弁護士に確かめてから動いてください。後から取り返しがつきません。
急いで決める必要はありません。清算人が選任された後に、譲り受ける方法もあります。
保存行為とされる余地があるもの
一方、財産を保存するための行為は、処分にあたらないとされています。
| 行為 | 考え方 |
|---|---|
| 雨漏りの応急修理 | 財産の価値を保つための行為 |
| 腐敗する生ゴミの処分 | 価値のないものの処理 |
| 施錠して保管する | 保存にあたる |
| 空調を止めない | 保存にあたる |
明らかに価値がなく、放置すれば衛生上の問題が生じるものについては、処分しても問題になりにくいと考えられます。
ただし、境界は明確ではありません。「これはゴミだ」という判断が、後から争われることがあります。
作業をする場合は、写真を撮って記録してください。何を、どういう状態で処分したかを示せるようにします。
写真は、処分する前と後の両方を撮ってください。状態が分かる形にします。
処分した日付と、処分の方法もメモしてください。ゴミとして出したのか、業者に依頼したのかを記します。
記録は、後で説明を求められたときに使います。手間はかかりますが、意味のある作業です。
賃貸物件の明け渡しを求められたら
もっとも多い場面です。管理会社から、早く片付けるよう求められます。
その場で約束しないでください。伝えることは決まっています。
放棄をすれば、賃貸借契約上の借主の地位も承継しません。明け渡しの義務も負わないのが原則です。
放棄の申述が受理されると、受理通知書が届きます。求められたら、その写しを示せば足ります。
受理証明書の交付を受けることもできます。1通あたり数百円の手数料がかかります。
管理会社や債権者から求められた場合は、証明書の写しを渡すのが確実です。原本は手元に残してください。
ただし、連帯保証人になっている場合は別です。保証は相続とは別の契約なので、放棄しても義務が残ります。
自分がどの立場で求められているのかを、まず確かめてください。契約書を見れば分かります。
近年は、個人の連帯保証人ではなく、家賃債務保証会社を使う契約が増えています。その場合、請求は保証会社から来ます。
保証会社が支払った分は、後から借主側に請求されます。相続人としての立場での請求です。
放棄をしていれば、その請求も承継しません。立場の確認が出発点になります。
誰も相続しない場合はどうなるか
相続人が全員放棄すると、相続する人がいなくなります。その場合の仕組みがあります。
根拠となる条文 — 相続財産清算人
相続人のあることが明らかでないときは、相続財産は法人とされます(民法951条)。
家庭裁判所は、利害関係人または検察官の請求によって、相続財産の清算人を選任しなければならないとされています(民法952条1項)。
清算人は、相続財産を管理し、債権者への弁済などを行います。手続きを経て残った財産は、特別縁故者への分与や国庫への帰属といった扱いになります。
清算人の選任を申し立てるのは、利害関係人です。大家や債権者が申し立てることもあります。
相続人だった人が申し立てることもできます。ただし、予納金として数十万円から百万円程度を求められることがあります。
金額が大きいため、誰が申し立てるかで争いになることがあります。まず、他に利害関係人がいないかを確かめてください。
大家や債権者にとっても、清算人が選任されないと回収が進みません。申し立てる動機があります。
こちらから急いで申し立てる必要は、必ずしもありません。状況を見て判断してください。
ただし、占有している財産がある場合は、保存の義務が続きます。早く引き渡したい事情があるなら、申立てを検討する意味があります。
業者に依頼する場合の注意
遺品整理業者に依頼すること自体が、処分にあたる可能性があります。
放棄を検討している段階では、依頼しないでください。放棄した後も、清算人が選任されるまでは慎重に扱う必要があります。
やむを得ず作業する場合は、次を守ってください。
- 財産的価値のあるものを、処分しない・持ち出さない
- 作業前後の写真を残す
- 何をどう扱ったかの記録を残す
- 費用は自分で負担し、故人の財産から出さない
故人の財産から費用を出すと、処分と評価されるおそれがあります。立て替える形にしてください。
立て替えた費用を後から回収できるかは、状況によります。清算手続きの中で扱われることになります。
金額が大きい場合は、立て替える前に相談してください。回収の見込みも含めて判断が必要です。
業者に依頼する場合も、複数から見積もりを取れます。作業範囲と単価を書面で確かめてください。
判断に迷ったときの進め方
一人で決めないでください。相談先があります。
| 相談先 | できること |
|---|---|
| 家庭裁判所 | 放棄の手続き、期間の伸長、清算人の選任 |
| 弁護士 | 処分にあたるかの判断、交渉 |
| 法テラス | 条件を満たせば無料相談・費用の立替 |
| 消費生活センター(188) | 契約や請求に関する相談 |
放棄の期限が迫っている場合は、そちらを優先してください。期限を過ぎると、選択肢が減ります。
放棄の申述は、故人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に行います。費用は収入印紙800円と郵便切手です。
必要書類は、申述書、故人の住民票除票または戸籍附票、申述人の戸籍謄本、故人の死亡の記載がある戸籍謄本です。
続柄によって、必要な戸籍の範囲が変わります。事前に電話で確かめてください。
3か月で判断できないときは、家庭裁判所に期間の伸長を申し立てられます。期限が来る前に手続きしてください。
相談に行くときは、賃貸借契約書、請求書、やり取りの記録を持参してください。書類がそろえば、判断が早く進みます。
放棄の受理通知書があれば、それも持参してください。手続きの状況が分かります。
写真を撮っている場合は、その場で見せられるようにしておいてください。判断の材料になります。
一人で抱え込まないでください。同じ状況で悩む人は多く、相談先も用意されています。
まとめ
放棄をしたら、遺品には慎重に接してください。
- 財産的価値のあるものは、持ち出さない・処分しない
- 明け渡しを求められても、その場で約束しない
- 作業が必要な場合は、写真と記録を残し、費用は自分で負担する
判断に迷ったら、動く前に弁護士に相談してください。
