葬儀費用を生前に準備する|贈与と預金の注意点
名義は誰にするか。ここを決めておかないと、いざというとき使えません
「葬儀の費用は残しておくから」と親から聞いている。でも、どこにどう置けばよいか分からない。
いちばん大事なのは名義です。故人名義の口座は、亡くなると凍結されます。そのままでは使えません。
準備の方法はいくつかあります。それぞれに利点と注意点があります。順に見ていきましょう。
口座は凍結されます
まず、いちばん多い誤解から解きます。「親の口座から出せばよい」とは限りません。
金融機関が死亡の事実を把握すると、その口座は凍結されます。入出金ができなくなります。
凍結される理由は、相続人全員の財産を守るためです。1人が勝手に引き出すことを防いでいます。
解除するには、相続の手続きが必要です。戸籍をそろえ、相続人全員の同意を示す形になります。
この手続きには数週間から数か月かかります。葬儀の支払いには間に合いません。
つまり、故人名義の口座に置いておくだけでは、いざというときに使えないおそれがあります。
仮払いの制度
とはいえ、まったく引き出せないわけではありません。制度があります。
根拠となる条文 — 預貯金の仮払い
各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち、相続開始時の債権額の3分の1に、その相続人の法定相続分を乗じた額について、単独で権利を行使することができます(民法909条の2)。
同一の金融機関に対して権利を行使できる金額の上限は、150万円とされています(民法第909条の2に規定する法務省令で定める額を定める省令)。
家庭裁判所に対して、遺産の分割の審判または調停の申立てをしたうえで、預貯金の全部または一部の仮分割を求める方法もあります(家事事件手続法200条3項)。
たとえば、預金1,200万円、相続人が子2人の場合を考えます。
1,200万円の3分の1は400万円です。これに法定相続分の2分の1を掛けると200万円になります。
ただし、同じ金融機関では150万円が上限です。したがって、引き出せるのは150万円です。
株式会社鎌倉新書の「第7回 お葬式に関する全国調査」(2026年)によると、葬儀の総額平均は96.73万円でした。150万円あれば、多くの場合は足ります。
手続きには、戸籍と本人確認の書類が必要です。数日から2週間ほどかかります。
必要な戸籍は、故人の出生から死亡までの連続したものです。集めるのに時間がかかります。
法定相続情報一覧図を作っておくと、金融機関ごとに戸籍を出す手間が省けます。法務局で無料で交付されます。
複数の金融機関に口座がある場合は、それぞれで150万円まで引き出せます。
生前贈与で渡しておく
元気なうちに、子へお金を渡しておく方法があります。名義が変われば、凍結の影響を受けません。
ただし、贈与税の問題があります。金額によっては税が生じます。
根拠となる条文 — 贈与税の基礎控除と持ち戻し
贈与税の課税価格から、暦年ごとに110万円を控除することとされています(相続税法21条の5、租税特別措置法70条の2の4)。
相続または遺贈により財産を取得した者が、相続開始前一定期間内に被相続人から贈与を受けていた場合、その財産の価額を相続税の課税価格に加算します(相続税法19条1項)。
令和6年1月1日以後の贈与については、加算される期間が段階的に7年へ延長されています(国税庁タックスアンサー No.4161)。
年間110万円までは、贈与税がかかりません。数年に分けて渡す方法があります。
ただし、相続税の申告が必要な家庭では、一定期間内の贈与が相続財産に加算されます。
節税を目的にする場合は、税理士に相談してください。この記事の範囲を超えます。
葬儀費用の準備という点では、金額が大きくなければ問題になりにくいところです。
毎年同じ額を同じ日に渡していると、まとまった贈与と見られることがあります。
贈与のたびに、贈与契約書を作っておくと確実です。日付と金額、双方の署名を残します。
振込で渡すと、記録が残ります。現金で手渡すと、後から証明しにくくなります。
子の口座に「預けておく」形
贈与ではなく、預かってもらう形にする方法もあります。ただし、注意が必要です。
親のお金を子の口座に入れ、親が管理しているような場合は、名義預金とみなされることがあります。
名義預金と判断されると、相続財産に含まれます。相続税の対象になります。
- 通帳と印鑑を誰が管理しているか
- 実際に子が自由に使えるか
- 贈与の意思と受諾があったか
この3点で判断されます。形だけ名義を変えても、実態が伴わなければ意味がありません。
葬儀費用として渡すのであれば、実際に子が管理する形にしてください。
生命保険を使う
いちばん確実なのが、生命保険です。凍結の影響を受けません。
死亡保険金は、受取人固有の財産として扱われるのが通常です。遺産分割の対象にもなりません。
| 方法 | 受け取りまでの日数 | 凍結の影響 |
|---|---|---|
| 生命保険 | 請求から5日〜1週間 | 受けない |
| 仮払い制度 | 数日〜2週間 | 上限150万円 |
| 相続手続き後の払い戻し | 数週間〜数か月 | 受ける |
| 生前贈与 | 即時(すでに手元にある) | 受けない |
保険金の請求には、死亡診断書のコピーと保険証券が必要です。準備しておいてください。
受取人が指定されているかを確かめてください。「法定相続人」となっている場合は、手続きが増えます。
少額短期保険(葬儀保険)は、高齢でも入りやすい商品です。保険金は50万円から300万円程度です。
告知の項目が少なく、持病があっても入れる商品があります。保険料は年齢とともに上がります。
掛け捨てのため、長生きすると払込総額が保険金を上回ることがあります。ここは計算してください。
すでに加入している保険があるなら、まずその内容を確かめてください。新たに入る必要がないこともあります。
互助会という方法
月々の掛金を積み立て、葬儀の代金に充てる制度です。古くからある仕組みです。
積立額で葬儀の全額がまかなえるわけではありません。差額の支払いが生じるのが通常です。
根拠となる条文 — 前払式特定取引と保全措置
葬儀のための費用を、2か月以上の期間にわたり3回以上に分割して受領する取引は、前払式特定取引として割賦販売法の規律を受けます(割賦販売法2条6項)。
この取引を業として行う者は、経済産業大臣の許可を受けなければなりません(同法11条)。
許可を受けた事業者は、前受金の2分の1に相当する額について、保全措置を講じなければならないとされています(同法18条の3)。
保全措置があるため、会社が倒産しても一定の範囲は保護されます。それでも全額ではありません。
解約する場合は、手数料が引かれるのが一般的です。契約の前に、返金の条件を確かめてください。
引っ越しで使えなくなることもあります。使える地域も確かめてください。
死後事務委任契約
身寄りが少ない場合は、死後の手続きを頼む契約があります。葬儀の手配も含められます。
弁護士や司法書士、専門の事業者と結びます。費用は預託金として先に預けます。
- 葬儀・納骨の手配
- 役所への届出
- 公共料金や賃貸の解約
- 遺品の整理
預託金の管理方法を確かめてください。分別して管理されているかが要点です。
契約の内容は、書面にして残します。家族がいる場合は、内容を伝えておいてください。
国民生活センターが2026年6月3日に公表した資料によると、葬儀サービスに関する相談は2025年度に917件で、うち52.6%が料金に関するものでした。
相続放棄を考えている場合
家族の中に相続放棄を考えている人がいるときは、注意が必要です。
故人の預貯金から葬儀費用を出すと、財産を処分したと見られるおそれがあります。
根拠となる条文 — 相続財産の処分と単純承認
相続人が相続財産の全部または一部を処分したときは、単純承認をしたものとみなされます(民法921条1号)。
相続の承認または放棄は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内にしなければなりません(同法915条1項)。
もっとも、社会通念上相当な範囲の葬儀費用の支出については、単純承認にあたらないと判断された例があります(大阪高等裁判所平成14年7月3日決定、家月55巻1号82頁)。
金額と使途が判断の分かれ目になります。過大な支出は避けてください。
支出したときは、領収書と使途のメモを必ず残してください。後から説明できる状態にします。
判断に迷う場合は、支出の前に弁護士へ確かめてください。あとから戻せない行為です。
生命保険金は、受取人固有の財産です。相続放棄をしても受け取れます。この点でも保険は使いやすい方法です。
準備しておくとよい書類
お金だけでなく、書類の準備も大事です。探す手間が減ります。
| 書類 | 置いておく理由 |
|---|---|
| 保険証券 | 請求に必要。保険会社と証券番号 |
| 互助会の会員証 | 使えるかどうかの確認 |
| 事前見積もり | 金額の目安が分かる |
| 遺影用の写真 | 家族が探さなくて済む |
| 連絡先の一覧 | 訃報を伝える相手 |
一つの封筒にまとめ、家族が見つけられる場所に置いてください。
エンディングノートに書き残す方法もあります。法的な効力はありませんが、意思は伝わります。
保管場所を家族に伝えておいてください。本人だけが知っていると、いざというときに使えません。
金庫に入れる場合は、鍵の場所も伝えてください。開けられないと意味がありません。
貸金庫は、亡くなると開けられなくなります。重要な書類は入れないほうが安全です。
デジタルで保管する場合は、パスワードの引き継ぎ方法も決めておいてください。
準備の順番
迷ったら、次の順で進めてください。すべてを一度にやる必要はありません。
- 事前見積もりを取り、金額の目安を知る
- その金額を、どこから出すかを決める
- 口座の名義と、引き出せる方法を確かめる
- 保険の受取人を確かめる
- 書類を一つの封筒にまとめる
1番から始めるのが確実です。金額が見えないと、いくら準備すればよいか決まりません。
事前見積もりを無料で出す会社は多くあります。契約の義務はありません。
数年で価格は変わります。目安として持ちつつ、必要になったときに出し直してもらってください。
家族で希望を話しておくことも、準備のひとつです。形式と規模が決まれば、金額も見えます。
「家族葬でよい」と本人が言っていれば、遺族は迷いません。これは金額以上に効きます。
話しにくい話題ですが、元気なうちのほうが話しやすいものです。
まとめ
準備で大事なのは、金額よりも「使える形にしておくこと」です。
- 故人名義の口座は凍結される。仮払いには上限がある
- 生命保険は、受取人が請求すればすぐに受け取れる
- 事前見積もりを取り、金額の目安を家族と共有する
書類は一つの封筒にまとめてください。落ち着いて準備すれば大丈夫です。
