葬儀費用は遺産分割の対象か|遺産から差し引けるかを整理
原則は「対象外」です。ただし相続人が全員そろって合意すれば、先に差し引いて分けられます
葬儀費用を立て替えた。遺産を分けるときに、先に差し引いてほしい。
その希望は自然なものです。ただし、法律の建て付けは少し違います。葬儀費用は、原則として遺産分割の対象外です。
対象外というのは、「差し引けない」という意味ではありません。相続人全員が合意すれば、先に差し引いて残りを分けられます。ここが実務の中心です。
なぜ「対象外」とされるのか
遺産分割は、亡くなった時点で故人が持っていた財産を分ける手続きです。ここが出発点になります。
葬儀は、亡くなった後に行われます。契約するのは遺族です。故人が生前に負っていた債務ではありません。
だから、葬儀費用は故人の債務ではなく、遺族が負った費用と整理されます。遺産分割で当然に清算されるものではない、という結論になります。
根拠となる条文 — 遺産分割の対象になる財産
相続人は、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します(民法896条)。遺産分割は、相続開始の時に存在し、分割時にも残っている相続財産を対象とします(同法906条、907条)。
葬儀費用は相続開始後に生じるため、この対象に含まれないと理解されています。誰が負担するかについても、法律に明文の規定はありません。
裁判例では、葬儀を主宰した者が負担するとした例(東京地方裁判所平成19年7月27日判決)と、相続人が分担すべきとした例(名古屋高等裁判所平成24年3月29日判決)があり、判断は分かれています。
言い換えると、葬儀費用は「遺産分割の外にある問題」です。だから、家庭裁判所も原則として取り上げません。
それでも実務では差し引かれています
原則は原則です。実際の遺産分割では、葬儀費用を先に差し引いてから分けることがよくあります。
理由は簡単で、相続人全員が納得すれば、そのように分けてよいからです。遺産分割は当事者の合意で決まります。
| 進め方 | 必要なこと | 結果 |
|---|---|---|
| 遺産から先に差し引く | 相続人全員の合意 | 立て替えた人が実質的に回収できる |
| 差し引かずに分ける | 合意が得られない場合 | 立替金の請求を別に検討する |
つまり、争点は「法律上の分類」ではなく「全員が合意できるか」です。ここに力を注いだほうが現実的です。
合意できたら、遺産分割協議書に書いてください。書き方は難しくありません。
- 「相続開始後に支出した葬儀費用◯◯円を、遺産から控除する」
- 「控除後の残額を、次のとおり分割する」
この2行があれば足ります。金額の根拠として、領収書の一覧を添えると確実です。
金額は、実際に支払った額を書いてください。見積書の額ではなく、最終の請求書と領収書の額です。
香典で充てた分がある場合は、その額も書いておきます。後から「二重に取った」と言われないためです。
香典をどう扱うか
葬儀費用と一緒に問題になるのが香典です。ここも整理しておきます。
根拠となる条文 — 香典は相続財産ではありません
香典は、遺族の負担を軽くするために贈られる贈与と理解されています(民法549条)。故人の財産ではないため、相続財産に含まれないと扱われるのが一般的です。
そのため、香典は遺産分割の対象にはならず、葬儀費用に充てることができます。参列者の意思にも沿う扱いです。
相続税の計算上も、香典は非課税として扱われるのが通常です。一方、香典返しの費用は葬式費用として控除できません(国税庁タックスアンサーNo.4129)。
実務では、香典で費用の一部をまかない、不足分を誰が負担するかを話し合います。
だから、精算表は次の形になります。
- 葬儀にかかった費用の合計
- 受け取った香典の合計
- 差引の不足額
- 不足額を誰がどう負担するか
この4行を示せば、話し合いの土台ができます。数字がないまま話すと、感情の議論になりがちです。
合意できないときの選択肢
全員の合意が得られないこともあります。その場合の道は3つです。
| 方法 | 内容 | 難しさ |
|---|---|---|
| 家庭裁判所の調停で調整 | 分割の話し合いの中で事実上考慮してもらう | 相手の同意が要る |
| 立替金として請求 | 負担すべき人に返還を求める | 負担割合の主張が必要 |
| 訴訟で決着をつける | 地方裁判所などで判断を求める | 時間と費用がかかる |
調停は、家庭裁判所で調停委員を交えて話し合う手続きです。葬儀費用は本来の対象外ですが、話し合いの中で調整されることはあります。
一方、相手が「葬儀費用は喪主が負担すべきだ」と主張して譲らない場合、調停では決着しません。別に請求する形になります。
立替金として請求するとき
遺産分割とは別に、立て替えた分の返還を求める方法です。
このとき問題になるのは、「誰がいくら負担すべきだったか」です。ここに明確な決まりがないため、争いになります。
根拠となる条文 — 立て替えた人の立場
葬式の費用のうち相当な額については、債務者の総財産に対する一般の先取特権が認められています(民法306条3号、309条1項)。立て替えた人は、他の債権者に優先して回収できる立場になり得ます。
また、法律上の義務がないのに他人のために事務を処理した場合、その人のために有益な費用の償還を請求できます(同法702条1項)。葬儀費用の立替が、これにあたると主張されることがあります。
もっとも、負担割合について定めがないため、結論は事案によります。近時の裁判例でも判断が分かれています(東京地方裁判所令和3年9月28日判決)。
請求するなら、次をそろえてください。証拠がそろっているかで結果が変わります。
- 葬儀社との契約書・見積書・請求書
- 支払いを証明する領収書や振込の記録
- 香典の一覧(受け取った額を差し引くため)
- 葬儀の内容と規模が分かる資料
「相当な範囲の葬儀だったか」も見られます。故人の社会的地位や地域の慣習に照らして、過大でないかという視点です。
だから、豪華な祭壇や大規模な会食まで当然に認められるとは限りません。判断は事案ごとです。
一方、火葬や搬送のように避けられない費用は、認められやすい部分です。費目ごとに分けて主張してください。
相続税の申告では控除できます
遺産分割の話とは別に、税金の場面では葬式費用を差し引けます。混同しやすいので分けて理解してください。
国税庁のタックスアンサーNo.4129によると、相続財産から控除できるのは次のようなものです。
| 控除できる | 控除できない |
|---|---|
| 通夜・葬式にかかった費用 | 香典返しの費用 |
| 火葬・埋葬・納骨の費用 | 墓石や墓地の購入費用 |
| 遺体の搬送費用 | 初七日以降の法要の費用 |
| 読経料などのお礼 | 医学上・裁判上の特別の費用 |
控除するには、支払いを説明できる記録が必要です。お布施のように領収書が出ないものは、日付・相手・金額を自分でメモしておきます。
なお、控除できるのは実際に負担した人の取得分からです。誰が払ったかが記録で分かるようにしておいてください。
預貯金から支払った場合の整理
故人の口座から引き出して葬儀費用に充てた場合は、別の整理が必要です。
根拠となる条文 — 預貯金の仮払い
共同相続された預貯金債権について、各相続人は、遺産分割の前でも、口座ごとに残高の3分の1に自分の法定相続分を掛けた額を単独で払い戻せます(民法909条の2)。金融機関ごとの上限は150万円です。
この払い戻しは、遺産の一部分割によって取得したものとみなされます。つまり、後の分割で自分の取り分から差し引かれます。
預貯金債権が遺産分割の対象になることは、最高裁判所大法廷平成28年12月19日決定が示しました。全額を勝手に使うことはできません。
仮払いで受け取った分を葬儀費用に充てた場合、そのままでは自分の取り分が減ります。
全員の合意で「葬儀費用として控除する」と決めれば、この点も調整できます。協議書に書いてください。
相続放棄との関係
相続放棄を考えている人が葬儀費用を払う場合は、順番に注意してください。
放棄を検討しているなら、自分のお金で立て替えるほうが安全です。領収書は必ず残してください。
話をまとめる順番
実際の場面では、次の順で進めると決まりやすくなります。
順番が大切です。金額を出す前に負担の話を始めると、まとまりません。
紙は1枚に収めてください。細かい明細まで配ると、論点がぼやけます。詳しい資料は求められてから出せば足ります。
国民生活センターが2026年6月3日に公表した資料によると、葬儀サービスに関する相談は2025年度に917件で、うち52.6%が料金に関するものでした。金額があいまいなまま進むと、相続の場面まで問題が続きます。
迷いやすい点の整理
最後に、混同されやすい3つの場面を並べます。
| 場面 | 葬儀費用の扱い |
|---|---|
| 遺産分割 | 原則は対象外。全員の合意があれば控除できる |
| 相続税の申告 | 葬式費用として相続財産から控除できる |
| 相続放棄 | 相当な範囲であれば処分にあたらないとした裁判例がある |
同じ「葬儀費用」でも、場面によって扱いが違います。どの場面の話をしているかを、先に確かめてください。
まとめ
葬儀費用は、遺産分割の対象外というのが原則です。ただし、実務は合意で動きます。
- 費用と香典の一覧を作り、不足額を数字で示す
- 全員が合意できるなら、遺産から控除して分ける
- 合意できないときは、立替金の請求と相続税の控除を検討する
領収書は捨てないでください。どの道を選ぶにしても、記録が判断の材料になります。
