生命保険金で葬儀費用を払ってよいか|相続放棄との関係
受取人が指定されている保険金は、受取人自身のお金です。使っても相続放棄はできます
借金があるので相続放棄を考えている。でも、葬儀代は生命保険金から払ってよいのか。
結論から言います。受取人が指定されている死亡保険金は、その受取人自身の財産です。使っても、相続放棄はできます。
ただし、例外があります。受取人が故人自身になっている場合です。この違いを確かめるところから始めてください。
まず保険証券を見る
確かめるのは1か所だけです。死亡保険金の受取人が誰になっているかです。
| 受取人の記載 | 保険金の扱い |
|---|---|
| 配偶者・子など、特定の人 | その人固有の財産。相続財産ではない |
| 「相続人」とだけ記載 | 相続人が固有の権利として取得すると理解されている |
| 被保険者本人(故人) | 相続財産に含まれる |
証券が見つからない場合は、保険会社に問い合わせてください。契約者の氏名と生年月日で確かめられます。
通帳の引き落とし履歴に、保険会社名が残っていることもあります。心当たりがあれば、そこから追えます。
生命保険協会には、契約の有無を照会できる制度があります。どこの会社か分からない場合に使えます。
照会には、戸籍などの書類と手数料が必要です。加盟する会社の契約について、有無を回答してもらえます。
郵便物や、確定申告の控除証明書も手がかりになります。年末に届く書類が残っていないか探してください。
受取人固有の財産とはどういうことか
保険金は、故人の財産が形を変えたものではありません。契約に基づいて、受取人が直接取得する権利です。
根拠となる条文 — 保険金請求権の帰属
最高裁判所昭和40年2月2日判決(民集19巻1号1頁)は、保険契約者が自己以外の者を保険金受取人と指定した場合、その受取人は保険契約の効力発生と同時に固有の権利として保険金請求権を取得するとしました。
そのため、死亡保険金は相続財産に含まれず、遺産分割の対象にもなりません。
保険法でも、保険金受取人は保険給付を請求する権利を有する者として位置づけられています(保険法2条5号)。契約で定められた者が受け取る仕組みです。
つまり、受け取った保険金は「あなたのお金」です。故人の財産を処分したことにはなりません。
だから、そこから葬儀費用を払っても、相続放棄の妨げにはなりません。ここが実務上、重要な点です。
相続放棄をしても受け取れます
相続を放棄すると、はじめから相続人でなかったものとみなされます。それでも保険金は受け取れます。
根拠となる条文 — 放棄の効果と保険金
相続の放棄をした者は、その相続に関して、初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法939条)。
放棄によって失うのは、相続財産に属する権利義務です。受取人固有の財産である死亡保険金は、これに含まれません。
一方、相続財産の全部または一部を処分したときは、単純承認をしたものとみなされます(同法921条1号)。放棄を考えている場合、故人名義の預貯金の扱いには注意が必要です。
順番として、次のように整理してください。
- 保険金は受け取ってよい(受取人が指定されている場合)
- 故人名義の預貯金は、原則として手を付けない
- 葬儀費用は、保険金か自分のお金から払う
- 領収書と、支払いに使ったお金の出どころを記録する
4つ目が大切です。後から説明を求められたときに、資料がないと困ります。
故人名義の預貯金には注意
保険金と違い、預貯金は相続財産です。ここから支払うと、扱いが変わることがあります。
放棄を検討しているなら、預貯金には手を付けないのが安全です。保険金か、自分のお金から払ってください。
すでに引き出してしまった場合でも、あきらめないでください。何にいくら使ったかを整理し、早めに相談してください。
熟慮期間は、自分のために相続の開始があったことを知った時から3か月です。期間内であれば、延長の申立てもできます。
受取人が故人自身の場合
証券の受取人欄に、被保険者本人の名前が書かれていることがあります。この場合は扱いが違います。
保険金請求権が相続財産に含まれるため、受け取って使うと処分とみなされるおそれがあります。
- 受取人が故人の場合、保険金は相続財産に含まれる
- 相続放棄をすると、受け取れなくなる
- 受け取ってから放棄しようとすると、放棄が認められないおそれがある
古い契約や、団体保険では、受取人の記載が分かりにくいことがあります。必ず証券や約款を確かめてください。
判断に迷う場合は、請求する前に相談してください。順番を間違えると、後から戻せません。
相続税での扱い
税金の場面では、保険金は「みなし相続財産」として課税の対象になります。ここも押さえておいてください。
根拠となる条文 — 保険金の非課税枠
被相続人の死亡によって取得した生命保険金のうち、被相続人が保険料を負担していた部分は、相続税の課税対象となります(相続税法3条1項1号)。
相続人が受け取った保険金については、500万円に法定相続人の数を掛けた額までが非課税とされています(同法12条1項5号)。
ただし、この非課税の適用を受けられるのは相続人に限られます。相続を放棄した人は相続人ではないため、非課税枠は使えません。
つまり、放棄すると保険金は受け取れるものの、非課税枠は使えなくなります。税額に影響します。
金額が大きい場合は、放棄する前に税額の見込みを確かめてください。判断が変わることがあります。
なお、葬式費用は相続財産から控除できますが、放棄した人には控除の余地がありません。国税庁のタックスアンサーNo.4129に扱いが示されています。
保険金が高額な場合の例外
原則は「保険金は受取人固有の財産」です。ただし、例外が語られる場面があります。
保険金の額が、遺産の総額に比べて極端に大きい場合です。相続人の間の公平が問題になることがあります。
最高裁判所平成16年10月29日決定は、保険金請求権は原則として特別受益にあたらないとしました。
そのうえで、相続人の間の不公平が到底是認できないほど著しいといえる特段の事情があるときは、特別受益に準じて持ち戻しの対象になるとしています。
この判断は、相続人どうしの分け方の問題です。相続放棄ができるかどうかとは別の話です。
つまり、放棄との関係では原則どおり考えて差し支えありません。一方、遺産分割で争いになる場合は、この点が論点になることがあります。
金額が大きく、他の相続人との関係が難しいときは、早めに弁護士へ相談してください。
保険金以外に使えるお金
葬儀費用にあてられるお金は、保険金だけではありません。順に確かめてください。
| 出どころ | 内容 |
|---|---|
| 香典 | 遺族への贈与と理解される。相続財産に含まれない |
| 葬祭費・埋葬料 | 健康保険から支給される。5万〜7万円程度 |
| 会社の弔慰金 | 就業規則や慶弔規程による |
| 共済・労働組合の給付 | 加入していれば申請できる |
香典は、相続財産に含まれないと扱われるのが一般的です。相続放棄をしても、受け取ることができます。
葬祭費や埋葬料も、故人の財産ではなく、制度に基づく給付です。放棄との関係で問題になりにくい部分です。
これらを合わせると、数十万円になることがあります。手を付けてよいお金から順に使ってください。
保険金が入るまでの時間
保険金は、請求してすぐ振り込まれるわけではありません。葬儀費用の支払いに間に合わないことがあります。
- 必要書類がそろってから、5営業日程度で支払われる例が多い
- 死亡診断書や戸籍の取得に数日かかる
- 死因や契約内容によっては、確認に時間がかかることがある
葬儀費用の支払期限が先に来る場合は、葬儀社に相談してください。期限の延長や分割に応じてもらえることがあります。
株式会社鎌倉新書の「第7回 お葬式に関する全国調査」(2026年)によると、葬儀の総額平均は96.73万円でした。まとまった金額になります。
保険会社によっては、請求前に一部を支払う仕組みを設けています。契約内容を確かめてください。
請求に必要な書類
保険会社によって多少違いますが、おおむね共通しています。早めにそろえてください。
| 書類 | 取得先 |
|---|---|
| 保険金請求書 | 保険会社(所定の様式) |
| 死亡診断書または死体検案書の写し | 病院・医師 |
| 被保険者の死亡が分かる戸籍 | 本籍地の市区町村 |
| 受取人の本人確認書類 | 運転免許証など |
| 保険証券 | 手元にあるもの |
死亡診断書は、複数の手続きで使います。原本は死亡届に添えて提出するため、事前に写しを数枚取っておいてください。
請求できる期間には制限があります。保険法では、保険給付を請求する権利は3年で時効により消滅するとされています。
期間を過ぎても、事情によっては支払われることがあります。まず保険会社に連絡してください。
古い契約が見つかった場合も、あきらめずに問い合わせてください。契約が生きていることがあります。
迷ったときの順番
判断に迷う場面が重なると、動けなくなります。優先順位を決めておいてください。
国民生活センターが2026年6月3日に公表した資料によると、葬儀サービスに関する相談は2025年度に917件で、うち52.6%が料金に関するものでした。支払いの判断は、急がされる場面で起きます。
迷ったときは、支払いを止めるのではなく、お金の出どころを分けることを意識してください。
まとめ
確かめるのは、保険証券の受取人欄です。そこで扱いが決まります。
- 受取人が指定されていれば、保険金は受取人自身の財産
- 葬儀費用に充てても、相続放棄は妨げられない
- 故人名義の預貯金には、放棄を決めるまで手を付けない
領収書と、支払いに使ったお金の出どころを記録してください。後から必ず役に立ちます。
